DCF法とは何か|企業価値評価における計算式・前提条件・実務のポイントを専門的に解説

DCF法とは、将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を適切な割引率で現在価値に換算し、企業価値を算定する理論的手法です。M&Aのバリュエーションにおける中心的な評価方法であり、精度の高い企業価値算定を行ううえで不可欠とされています。本記事では、DCF法の計算式からWACC・ターミナルバリューの設定、実務で発生しやすい評価誤差の原因まで体系的に整理します。
DCF法とは|将来キャッシュフローを現在価値に割り引く企業価値算定手法
DCF法(Discounted Cash Flow法)とは、企業が将来生み出すFCFを資本コストで割り引くことで企業価値(EV)を算定する方法です。DCF法はインカムアプローチに分類され、企業の本質的価値を捉える手法として幅広く採用されています。
企業価値算定の全体像については、バリュエーションとは何かに関して解説で詳しく解説しています。
DCF法の基本式
企業価値(EV)= Σ(FCF ÷ (1+WACC)^t) + ターミナルバリュー
- FCF:フリーキャッシュフロー
- WACC:加重平均資本コスト
- t:割引期間(通常5〜10年)
- ターミナルバリュー:予測期間終了後の企業価値
DCF法が重視される理由
- 将来収益力を直接反映できる
- 事業計画の変更による企業価値への影響が確認しやすい
- 外部環境に左右されにくく、理論性が高い
なお、企業価値の構造(EVと株主価値の違い)については、企業価値とは何かに関して解説で詳しく解説しています。
DCF法の計算ステップ|5つのプロセスに分解して理解する
DCF法は大きく以下の5ステップに整理できます。
- フリーキャッシュフロー(FCF)の算定
- 将来のFCFの予測
- 割引率(WACC)の設定
- ターミナルバリューの算定
- EVから株主価値への調整
それぞれの手順を専門的に解説します。
1. フリーキャッシュフロー(FCF)の算定
まず、企業が本業で創出するキャッシュフローであるFCFを算出します。
| FCFの基本式 |
|---|
| FCF = 営業利益 × (1 − 実効税率) + 減価償却費 − 運転資本増減 − 設備投資額 |
FCF算定時のチェックポイント
- 減価償却費はキャッシュアウトを伴わないため加算
- 設備投資(CAPEX)は将来の成長性に関わる重要項目
- 運転資本は売上増加とともに増えるため、過少計上に注意
2. 将来FCFの予測(5〜10年が一般的)
DCF法では、通常5〜10年間の事業計画をもとにFCFを予測します。予測期間の長短は、事業の安定性や業界特性に応じて判断します。
予測時の注意点
- 売上成長率が高すぎないか(実務では慎重な設定が基本)
- 人件費・原価率・販管費率の妥当性
- 設備投資が事業計画と整合しているか
3. 割引率(WACC)の設定
DCF法の精度に最も影響を与えるのが割引率(WACC)です。
| WACCの基本式 |
|---|
| WACC = (株主資本コスト × E / (D + E)) + (負債コスト × (1 − 税率) × D / (D + E)) |
- E:株主資本
- D:有利子負債
- 株主資本コスト:CAPMを用いて算定
CAPM(株主資本コスト)の式
株主資本コスト = リスクフリーレート + β × マーケットリスクプレミアム
4. ターミナルバリューの計算
予測期間終了後の企業価値を算定する工程です。以下の2種類があります。
| 手法 | 内容 | 適用シーン |
|---|---|---|
| 永続成長率法(Gordon Growth Model) | FCF × (1+g) ÷ (WACC − g) | 成熟産業・安定企業に多い |
| エグジットマルチプル法 | EBITDA × マルチプル | 成長企業・比較可能企業が多い業界 |
ターミナルバリューは企業価値全体の50〜80%を占めることも多く、評価メカニズムを正確に理解する必要があります。
5. EVから株主価値を算出する
DCFで求められるEV(企業価値)から負債調整を行うことで株主価値を導きます。
- 株主価値 = EV − 有利子負債 + 現預金
企業価値の構造と計算ロジックの全体図は、企業価値とは何かに関して解説で詳しく解説しています。
DCF法のメリットとデメリット|評価の特徴を正しく理解する
DCF法のメリット
- 事業の将来性を直接反映できる
- 設備投資・利益率改善など計画の影響を数値で確認できる
- 外部市場の株価変動に左右されにくい
DCF法のデメリット
- 前提条件が結果を大きく動かす(特に割引率・成長率)
- 精緻な事業計画が必要で、中小企業では作成負荷が高い
- 予測期間の設定によって企業価値が大きく変動する
DCF法と他の評価手法の比較
DCF法は理論性が高い一方、他の手法と併用することで評価の妥当性がより高まります。
| 手法 | 分類 | 特徴 |
|---|---|---|
| 純資産価額法 | ネットアセットアプローチ | 資産・負債を時価評価。中小企業の最低価値として有用。 |
| 類似会社比準法 | マーケットアプローチ | 市場倍率に基づく客観性の高い評価。 |
| DCF法 | インカムアプローチ | 将来収益力を反映した本質価値評価。 |
3手法の特徴比較については、企業価値の算定方法に関して解説で詳しく解説しています。
DCF法の実務チェックリスト|評価誤差を防ぐポイント
DCFの前提条件で確認すべき7つの項目
- 売上成長率が業界平均とかけ離れていないか
- 原価率・販管費率が過去の実績と整合しているか
- 設備投資(CAPEX)が適切に見積もられているか
- 運転資本の増減が妥当か(売上増に応じて増加する)
- 永続成長率がWACCを上回っていないか
- β値・リスクプレミアムなど市場データが適切か
- ターミナルバリューのウェイトが過剰になっていないか
DCF法が中小企業M&Aで難しい理由
- 事業計画の作成に必要な財務データが十分でない
- 経営者依存で将来CFを合理的に予測しにくい
- 割引率の設定に使う市場データが少ない
まとめ|DCF法は最も理論的だが、前提設定が精度を左右する
DCF法とは、将来キャッシュフローを割り引いて企業価値を算定する最も理論的な方法です。しかし、前提条件の設定によって評価結果が大きく変動するため、妥当な事業計画・割引率・成長率を精緻に検証することが不可欠です。
企業価値評価の正確性を高めるには、DCF法だけでなく、純資産価額法・類似会社比準法など複数手法の併用が重要であり、総合的な評価レンジを導くことでM&Aの交渉力を高めることができます。
